創造論を考えよう at 東京ビリングストーン教会

有神論的進化論2

有神論的進化論は、現代の宇宙物理や生物学の微妙な場所を内包しながら、
創造主による導きを肯定して、聖書をも否定しない、という主張でした。
さて、今日はその問題点について。


有神論的進化論は、科学の面においては何の問題も生じません。
そのあたりは、全てを受け入れているので、そりゃあそうですね。
一般啓示から人間の理性が考えたものを重要視しています。

さて、一般啓示と特別啓示がぶつかったときは、
どうしてもどちらかの主張を妥協しなければなりません。
で、有神論的進化論はやはり無心論者が考えた進化論の土台に立つため、
聖書解釈を妥協しまくるんですが、それは容認できない程度にまで来るので、問題なのです。

もちろん、この辺は発展途上ですから、
みことばとのうまい妥協点が図れる主張が未来生まれるでしょう。


さて、神学上の問題は何点からあります。

まずは、軽いものから紹介します。
それは、創世記1章で出てくる「一日(Yom)」の解釈です。

創世記では6日で天地が創造されるのですが、137億年を受け入れた瞬間に、
この「一日」というのが、約24時間を示す「一日」とはありえなくなります。

で、聖書解釈上この「一日」を「一時代」と考えれば解決すると考えています。

『愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。
主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。』2ペテロ3:8

この解釈を適用しているのです。
しかし、これは大きな問題をはらんでいます。

第一に、創世記においては、この「一日(Yom)」という言葉が、
長い時代という意味で使われたことが一回も無いということ。
創世記1章のみを特別扱いする解釈は、恣意的としか言いようがありません。

1日目と2日目の間に、大きな時間的隔たりがあると解釈する人がいますが、
天地創造はこの6日間の連続的な流れで出来上がっていくことに意味があるのです。
ビッグバンと、聖書を無理やりにこねくり回した、苦肉の策としか言いようがありません。

さらに、ビッグバン宇宙論によれば、太陽系進化は太陽が先ですが、
創世記は地球が先です。その後に太陽、月を作って、地球を回したと書いてあります。
聖書の記述を捨てるっていうなら問題になりませんが、そんなことは本末転倒です。
この矛盾は決定的に解くことが出来ません。

(ちなみに、太陽系の歴史がどのようだったかは、いまだに謎です。
天文台で天文学者に聞きましたが、分からない。と正直に答えられました。
系外惑星で、太陽の自転と反対に回る惑星が発見されたりして、どんどん謎になっていっています。)

創世記に長い時代という意味で「一日」が使われていない以上、
創世記1章の「一日」は地球自転一回転分の約24時間と解釈すべきであるのです。

こうして始めて、一週間は7日間であることに意味が生まれます。
人間にぴったり合った、周期は7日間です。
人間に合わせて、全能なる主なる神様が、
わざわざ7日間 『も』 かけて天地創造をした、というのが本当のところです。
どこまでも、人間に合わせてくださる神様の愛を見ることが出来ます。

ちなみに、6日間で天地創造した科学的根拠なんて無いです。
聖書以外に根拠はありません。
若い地球、古い地球の話は、別の機会にしたいと思います。これも重たい・・・。


さて、「一日」なんていう問題はまだまだ序の口です。
次はかなり大きな問題、「死」の問題です。
扱っていきましょう。

考えるべきは、死はどこから来たのか?です。

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by creation_tsunya | 2010-05-26 09:06 | 創造論
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