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創造論を考えよう at 東京ビリングストーン教会

有神論的進化論パート1

さて、有神論的進化論について考えるときがきました。

はじめに断りますが、
このブログでは、私は若い地球の創造論の立場で書きます。
しかし、一つの立場に固執する必要は無いと思います。
それぞれの信仰に応じた、立場をとればよいのです。
なぜって、聖書は誤謬のない書物ですが、人間は間違いだらけですので、
人間の思想やらに信頼をおいてはいけません。

この辺は、カルバン主義なのか、アルミニアン主義なのか?というような論争に似てきますね。
これは、やはり、主なる神様という存在が、
人間にとって大きすぎて、はっきりとは認識できないことが原因となっています。
こういう場合は、やはりそれぞれの信仰で判断することが求められているのです。

さて、以下コメントの引用です。

---------------------引用-------------------

ゲノムと聖書:科学者、〈神〉について考える フランシス・コリンズ著

フランシス・コリンズはヒトゲノム計画をリードし、
遺伝子の全塩基配列の解読に成功した著名な生物学者であり医師でもあります。
彼は有神論的進化論を提唱しています。

1.宇宙は、約140億年前にまったくの無から現れた。
2.宇宙の物理定数は、生命が生存できるように寸分の狂いもなく正確に調整されているようだ。
3.地球上での生命の起源の正確なメカニズムはまだ解明されていないものの、
生命が現れてからは、進化と自然選択の過程を通して、
長期間を経て生物的多様性と複雑性が発達 していった。
4.進化の過程が始まってからは、特別な超自然的な介入は必要ない。
5.人間もこの過程の一部であり、類人猿と共通の祖先を持つ。
6.しかし人間には、進化論では説明できない唯一無二の部分もあり、その霊的な性質は他の生物に例を見ない。
これには道徳律(善悪を知る知識)や神の探求などが含まれ、
歴史を通してすべての人間の文化に見られる特質である。

私は進化論と神による創造の両者の融和は可能ではなかろうかと思っています。
それで、この「有神論的進化論」に出会いました。

-------------------引用終了----------------------

はい、センセーショナルな説が有神論的進化論です。
私もこの本を持っていますし、読みました。最初の証しの部分は非常に面白いですね。

この説は、現代の科学、物理学、生物学、化学、地質学などの研究をそのまま受け入れて、
さらに、それこそ神という存在をなしには語れないのだ!と主張しています。

現行ビッグバン宇宙論の宇宙年齢137億年も受け入れ、進化過程も受け入れるので、
今科学をやっている無神論者たちが、クリスチャンに戻って来やすくなる道を開いているとは思います。
科学と宗教は分けて考える必要は無いんだと大きく主張し、
その両者をよく考えるきっかけを作ったのです。
カトリックでは、教皇がこの説を支持したことがあります。

ただ、科学者的には、いろいろと受け入れることが出来る一方、
神学的にはちょっと受け入れられないことを含んでいるため、
有神論的進化論は、神学的には受け入れられない、というのが正直なところです。
特に人間の理性を信用せずに、聖書を信用する福音主義においては。
これは、啓示の話をしなければなりません。


主なる神様、ここでは創造主なる神様が人間にその姿を現すことを啓示といいます。
啓示には、特別啓示と一般啓示があるのです。

特別啓示は、聖書、奇跡、幻など、事象がひとつしかないものばかりです。
現代においては、聖書が特別啓示のほとんどを担うことが出来るため、
奇跡とか幻という形で創造主が啓示されることはかなりまれです。

一般啓示は、大きく三つ。
自然、歴史、良心です。
良心についてはCSルイス博士が非常に詳細に「キリスト教の精髄」のなかで語っているところです。
引用中の6番の道徳律はこれにあたります。
さらに、歴史は歴史の流れも神様の導きがあるというものです。
歴史神学という分野はキリスト教にしかないユニークなものだと思います。
そして、自然はいま考えているものです。

人間は、一般啓示からも創造主なる神様の形を読み取ることができます。

「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、
これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。」(ローマ1:20)

このみことば通り、被造物世界を見れば大丈夫だと書いてあります。
しかし、人間の知覚・認識を通して見るので、どうしても生の創造主と言うものを見ることができません。
人間には、必ず特別啓示である聖書が必要になってくるのです。

カルバン主義においては、人間の完全な堕落を主張しますので、
一般啓示からの創造主の形は、かなり曲がっていると考えます。
実際、一般啓示のみからイエスキリストまでの道はかなり遠いです。

聖書という特別啓示があって初めて、一般啓示で啓示されている創造主が、きちんとしたものとして繋がるのです。
愛であり、人格であり、義であり、聖であり・・・。
と言う神様の形は特別啓示がなければなりません。


要は一般啓示である自然科学と言うものから、創造主の存在を語ることはできます。
これが、このブログの一番最初のモチベーションでもあります。
しかし、その創造主がどのような神様であるかどうか?は、特別啓示、聖書を見なくてはいけないのです。

問題が生じるのは、一般啓示と特別啓示が調和しない場合です。
自然科学の記述と聖書の記述がかみ合わない場合はどうすればよいのか?

神学的な立場からすれば、特別啓示の解釈を曲げることなく、
一般啓示の記述が変わることを祈るしかありません。
聖書は、誤謬が無い権威ある書物として認めるならばなおさらです。


このような枠組みで、創造論や有神論的進化論を考えて見ましょう。
創造論者は、聖書解釈をそのままに伝統的なものを採用し、
科学記述が修正されることを祈っているのです。

私が、ブログで書いたとおり、たとえば現行ビッグバン理論による宇宙年齢137億は、
現行ビッグバン理論の宇宙が平坦であるという仮定を破れば、137億の答えは崩れます。
そんなことを考えている科学者はほとんどいないので、
その物理学的挑戦は全く進みませんがね・・・。


さて、有神論的進化論は、一般啓示である自然科学の記述を受け入れた代償として、
特別啓示である聖書の解釈を曲げなければいけない場所があります。
それは、問題ないようなものと、問題大有りなものとを含みます。
代表的なものを次回あげましょう。

たとえば、よく取り上げられるのは、創世記1章における「一日(Yom)」の問題です。
そして、「死」の問題です。
さらに、ノアの箱舟の問題。などなど。

P.S.
山本様のコメントは、その通りです。
生物学をそのようなものだ!といってしまえば、その通りとしかいいようがありません。
しかし、系統樹を決めているデータは良いとして、
最終的に系統樹として共通祖先がいると決定しているのは、人間です。

量子宇宙論でやったように、現存データを非常に良く説明するように見えても、
積極的な物理学的理由がないのに、量子宇宙論を採用するのは、
それを採用している人が、無神論者だからです。

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by creation_tsunya | 2010-05-25 21:29 | 創造論
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