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創造論を考えよう at 東京ビリングストーン教会

自然科学が弱いところ・・・

それでは、問題はどのような場合に出るのでしょうか?

科学はデータが1つ、とか2つとかいうときに弱くなります。
3つめが違ったデータを出せば、それは本物か偽者か分からないからです。

この時の傾向は、科学者が仮説の立て放題状態で何百もの仮説が出てきます。
で、仮定に仮定を重ねて、物理的に化学的に正しそうなものを、正しそうな仮説として受け入れ始めるのです。
しかし、データが少ないので、新しいデータが出た瞬間、仮説が一気に刷新するなんてこともありです。

100年以上も科学者が存在を信じていたエーテル問題はまさにそれでした。
科学者は、真空は完全な真空ではないと信じて、エーテルで満たされているのではないか?と考えました。
光もエーテルを媒質として伝わると考えていたようです。
直接的なデータが無いにもかかわらず、仮説に告ぐ仮説で、固められていきましたが、
アインシュタインによって、「そんなものは無い!」とされ、エーテル信仰はきえました。

かのマクスウェルでさえ、エーテルを前提に考えてマクスウェル方程式を立てたみたいです。
それでも、正しかったのは、現象から導き出した方定式だったから。直感ってすばらしいですね。
(面白いのは、その後の真空状態というものの推移です。
現在でも真空とは絶対無ではないというのが、主流です。
物理学的には「絶対無というのは無い」のですね。
だから、宇宙が無から出来上がるというのは正しくありません。)

データが少ないという意味では、唯一なる聖書の神様は、科学することは出来ないのです。
まあ、当たり前ですよね。


さらに、いつでもどこでも同じ現象が観測されなければならない。
というデータの再現性を必要とするため、歴史を扱うことは出来ません。

進化論だろうが、創造論だろうが、過去の出来事の話をする限り自然科学ではなくなります。
「進化した」という歴史は科学では扱えないので、「進化したかどうか?」これは自然哲学ではありません。

もちろん、この種とこの種のDNAがどれくらい一緒か?とか、
魚のDNAの中に、人間のDNA配列と同じ配列があるね!とか、
この化石が、どの地層から発見されました、年代は何万年前です。とか
言うのは科学の力でデータとして抽出できます。

しかし、DNAの類似率が高いからと言って、
そこから二つの種は共通祖先から進化しました!といった瞬間、
それは過去に起こった出来事を扱うので、自然科学からは排除されなければなりません。

ドーキンス博士も、どんな進化論者も、このあたりを混ぜて使ってますし、
基本に立ち返らなければならないと思います。
歴史を扱うのは、自然科学の分野ではないのです。

「進化論という科学」の中に歴史科学的な洞察を内包しているといってもよいのでしょうが、
やはり、他の物理学や生物学などいわゆる自然科学から除くべきでしょう。
これはすでに混乱を巻き起こしている問題だと思います。
(進化論者からすれば、これはむしろ都合のよいものなので、誰も直そうとはしません。)

ですから、進化論を自然科学の分野で、とりわけ生物学で教えるのは良くないと思います。
それは、自然科学というよりは、歴史学とか人類学とか考古学とかの時間に教える内容でしょう。

いや、もっとよい時があります、それは宗教の時間です!
次は、そのことについて詳しく考えて見ましょう。どんどん続きます。

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by creation_tsunya | 2010-05-22 19:41 | 創造論
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福音的な立場で創造論を考えていこう

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