ルカに入りました!
2012年 01月 18日
今日の本文はルカ1:1ー25でした。
4節
「お受けになった教えが確実なものであることを、よく分っていただきたいのであります。」
聖書の第一義的な目的はここにあります。
つまり、教えが確実なものであるということ。
聞いた福音が確信にたるものであるということです。
実際イエスキリストは私の為に死なれ私のために3日目に復活なさったという事実。
これが揺るぎないものであることと。
そして、それを信じるものに罪の許しと永遠の命を約束していることを確信させるという目的がありました。
ここで、お受けになった教え、とあります。
私達の信仰生活で一番大切なことはなんですうか?
そうです。受けた教えを守ること。
それは、忠実な従順です。
私達は、自分の信仰生活についてあれこれと悩んだり、その方法論を考えたりする必要はありません。
みことばに教えられていることをそのまま実行するのみです。
そこに私達の祝福があります。
その従順には、第一に心の柔らかさがなければなりません。
4つの土地で、良い土地とは柔らかい土地を表します。
実際に家庭菜園をするとわかりますが、柔らかく耕された土地から美味しい作物が取れます。
私達の心ばたけが柔らかくみことばの種を包み込むことが重要です。
聖書では頑なな心がという表現がありますが、そうなってはいけません。
私が聞きたいみことばも、聞きたくないみことばもすべて受け止める器となること信じて歩みましょう。
そして、第二に素直さが無ければなりません。
心がひねくれていたら、視点が曲がっていたら、みことばへの従順も曲がってしまいます。
自分の考え、こだわりをすてて、主の前にひざまずくんです。
私は死んだものです。私は主の前で何物でもありません。と告白する私となりましょう。
信仰は私の実力ではなく、私の心です。
心がどうなっているかによって信仰がどうなるかきまります。
自分のこころを潤しい、主の園のようにしましょう。
生ける泉から水が溢れ、すべての人が憩うことができるような。
この世という砂漠の中のオアシスのような心を持って歩む私と皆さんとになるように祈ります。
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4節
「お受けになった教えが確実なものであることを、よく分っていただきたいのであります。」
聖書の第一義的な目的はここにあります。
つまり、教えが確実なものであるということ。
聞いた福音が確信にたるものであるということです。
実際イエスキリストは私の為に死なれ私のために3日目に復活なさったという事実。
これが揺るぎないものであることと。
そして、それを信じるものに罪の許しと永遠の命を約束していることを確信させるという目的がありました。
ここで、お受けになった教え、とあります。
私達の信仰生活で一番大切なことはなんですうか?
そうです。受けた教えを守ること。
それは、忠実な従順です。
私達は、自分の信仰生活についてあれこれと悩んだり、その方法論を考えたりする必要はありません。
みことばに教えられていることをそのまま実行するのみです。
そこに私達の祝福があります。
その従順には、第一に心の柔らかさがなければなりません。
4つの土地で、良い土地とは柔らかい土地を表します。
実際に家庭菜園をするとわかりますが、柔らかく耕された土地から美味しい作物が取れます。
私達の心ばたけが柔らかくみことばの種を包み込むことが重要です。
聖書では頑なな心がという表現がありますが、そうなってはいけません。
私が聞きたいみことばも、聞きたくないみことばもすべて受け止める器となること信じて歩みましょう。
そして、第二に素直さが無ければなりません。
心がひねくれていたら、視点が曲がっていたら、みことばへの従順も曲がってしまいます。
自分の考え、こだわりをすてて、主の前にひざまずくんです。
私は死んだものです。私は主の前で何物でもありません。と告白する私となりましょう。
信仰は私の実力ではなく、私の心です。
心がどうなっているかによって信仰がどうなるかきまります。
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# by creation_tsunya | 2012-01-18 15:41 | デボーション

